介護は女性の役割…なんて思い込みでしょう?

介護は女性の役割…なんて思い込みでしょう?

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日本における「介護」で思い浮かべるのは、
介護におけるトラブル回避のための規則を知る親を面倒みる女性たち、娘や息子の嫁という図です。男性方の参加も最近では多くなったのでしょうが、まだまだ男性自身の意識改革が進まず、どうしても女性に頼らざるを得ないという状況でしょうか?我慢強く、文句も言わず、体がギリギリでも頑張る「介護うつ」なんて言葉も思い浮かび、ああ私もそうなるのか…と気分も落ち込みます。ところが現在、私は娘でありながら、実の母の介護をしていません。家が遠いということもありますが、まだ母の介護の度合いが軽いということもあります。それより何より、私の父がまだ元気でマメで世話好きということが大きいと思います。女性の私より料理も上手で、糖尿病でもある母の食事も塩分調整しながら作っています。思いついたら即実行するので、家のバリアフリー対策もあっという間に行い、先日行った時も手すりがずいぶん増えてました。またデイケアサービスもケアマネージャーの方と相談したうえプランを決定したなんて話もしてくれました。診察のために病院へ行くのも車に乗せて行ってくれますし、医師との話し合いも父が全部してくれます。安心して任せてしまってますが、はたしてそんな大忙しな父の体は大丈夫なのかというと、実は父も持病があり病院通いです。しかし今回、母の面倒をみるということになったとたん、完治ではありませんが病状が改善したと言うではありませんか。もともと働き者で、何かしてないといられないタイプなので、わがままな母とのやりとりに「毎日修行だよ…」なんて言いながらも生きがいとなっているのかもしれません。めでたしめでたし、とうまい話ばかりではないのが世の中の常。そんな何でも屋の父の家に暮した女性陣、母と私ですが、すっかり甘え根性が染みつき、何にも出来ない女性となってしまってます。父と母、介護の順番が逆だったら…と思うと背筋が凍るのです。

家事をしながらの女性としての介護

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女性にとって家事をしながらの生活の中で、もし介護が必要となれば大変なことだ。年をとるにつれて介護の年代になり、いつ介護が必要になるかもしれない。現在は介護が必要でなくて、健康に暮らして快適である。ある女性は
結婚と介護~両親への思い~を持ちながらも介護を続けて、家事もこなしてやってきている。育児はすこしほぼ終わったが、家庭の食事、洗濯、掃除などをこなしながら介護も直接ではないがかかわっているようだ。その介護の方の車での送り迎えなどをしているかもしれない。介護の食事も少し作っているのかもしれない。介護のサービスを受けている日は1日しかないが、自分の自由がもらえるらしい。人に逢う日も時間が限られて、ほんの少しの自由で大変そうだ。自宅では農作業もされていて普段の仕事もしているようなので、その時期になるともっと大変で自分の時間などないかもしれない。そうなると、家庭にいる女性が介護をほとんどかかわらなくてはいけない。精神的にも体力的にも、初めはよくてもいつかは疲れてくるだろう。私としては、こういう生活は今のところ考えられない。介護もいつかしなくてはいけないけれども、ほとんどサービスにまかせてやっていきたいものだ。介護経験はないし、体力はなく腰痛になりそうだ。料理くらいは作れるかもしれないが、なるべくサービスにたのみたいものだ。そのためには、たくさんの資金が要るそうなのでその用意もしておきたいものだ。サービスも安く受けれるシステムも、公的サービスなどで作ってほしいものだ。日本の今の社会では女性は家事をする傾向があるが、介護まで入ってくると負担がかかるのでもう少し軽減するサービスがたくさんできるといい。